宇宙の膨張速度を測定するのに100年かかる理由
ネオ東京の摩天楼の間を抜けるように、天文学者たちは100年以上にわたり宇宙の膨張速度を表す「ハッブル定数」の正確な値を追い求めてきた。この数値は、銀河の後退速度と地球からの距離を結びつける宇宙の基本定数だ。
標準光源を求める旅
1912年、ヘンリエッタ・スワン・リービットは「ケフェイド変光星」と呼ばれる星の明るさと変光周期に規則的な関係があることを発見した。この発見は、宇宙の距離を測る「標準光源」の第一歩となった。しかし初期の測定値には大きな誤差が含まれており、現代の技術で判明している小マゼラン雲までの距離20万光年を、当時は3万光年と見積もっていた。
宇宙膨張の発見と定数の謎
1929年、エドウィン・ハッブルとミルトン・ヒューメイソンは銀河の後退速度と距離の関係を発見し、ハッブル定数を530km/s/Mpcと算出した。この発見は、アインシュタインの静的な宇宙モデルを覆し、宇宙が膨張していることを示唆した。しかし、この値では宇宙の年齢が内部にある天体よりも若いという矛盾が生じた。
距離のはしごの進化
1940年代、ウォルター・バーデは星の集団が異なる性質を持つことを発見し、ハッブル定数の値を半分に修正した。その後、1970年代までにアラン・サンデージは57km/s/Mpcという値を提案したが、他の天文学者から異論が上がり「ハッブル戦争」と呼ばれる論争が勃発した。
現代の技術と新たな謎
2000年代に入り、ハッブル宇宙望遠鏡と宇宙背景放射の観測により、ハッブル定数は72km/s/Mpc前後で収束するかに見えた。しかし、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による最新の観測では73km/s/Mpcという値が得られ、宇宙背景放射から導かれる67.7km/s/Mpcとの間に矛盾が生じている。
この不一致は、現代宇宙論の根幹を揺るがす可能性を秘めている。ダークマターやダークエネルギーといった未知の要素が関与しているのか、あるいは我々の宇宙理解そのものに根本的な見直しが必要なのか――ネオ東京の夜のように深い謎に包まれたまま、天文学者たちの挑戦は続いている。