崩れゆく緑の防波堤
かつて欧州の空を覆い尽くした深緑の森が、今や死の灰色に染まりつつある。異常気象、害虫の大発生、過剰な伐採——これらの要因が複合的に作用し、欧州の森林は炭素吸収源から排出源へと急激に転換しつつある。まるでサイバーパンク世界のディストピアを思わせるこの事態は、各国が掲げるネットゼロ目標を根本から揺るがす危機となっている。
急速に進む森林機能の劣化
欧州委員会共同研究センターのデータが示すのは、2013-2015年を境に始まった森林の炭素吸収能力の急落だ。フィンランドやドイツではすでに森林が正味の炭素排出源に転じ、チェコでは2018年からこの状態が続いている。フランスでは14年間で炭素吸収量が半減し、ノルウェーでも2010年から2022年にかけて32百万トンから18百万トンへと減少した。
複合災害の連鎖
この急激な変化の背景には、気候変動の加速的な影響がある。2018年、2021年、2022年と立て続けに発生した大干ばつは、樹木に回復の猶予を与えなかった。オランダ・ワーヘニンゲン大学の研究者は「モデルが予測していた以上の速さで事態が進行している」と警鐘を鳴らす。さらに、気温上昇に伴うキクイムシの大発生が針葉樹林に壊滅的な打撃を与えている。
政策の幻想と現実
EUは2030年までに土地・森林部門によるCO2吸収量を年間3億1000万トンに拡大する計画を掲げていた。しかし最新の分析では、この目標に29%不足すると予測されている。商業伐採の増加、特に2022年のウクライナ侵攻後のロシア産木材輸入制裁の影響も無視できない。フィンランド天然資源研究所の専門家は「木材需要の高まりと過剰な伐採が主因」と指摘する。
加速する地球温暖化
この問題は欧州に留まらない。アラスカやカナダの北方林、熱帯雨林でも炭素吸収能力の低下が確認されている。CICERO国際気候研究センターの専門家は「森林と海洋が炭素を吸収しなくなるなら、大気中に残るCO2が増え、温暖化は加速する」と警告する。まさに人類が直面する最大の環境危機が、静かに、しかし確実に進行しているのだ。
希望の光はあるか?
対策として、伐採量の削減、皆伐の禁止、樹種の多様化、林地に枯死木を残すことなどが提案されている。しかし研究者たちは、温暖化が進む世界で森林に過度の期待を寄せる政策に疑問を呈す。気候目標達成のためには、他の経済部門でのより迅速な排出削減が不可欠だ。緑の防波堤が崩れゆく今、人類は新たな生存戦略を急ぎ構築しなければならない。