量子世界への挑戦と挫折
ネオンが輝く未来都市の奥深く、量子の謎は未だ解き明かされないままだった。フランク・ヴェルストラーテとセリーヌ・ブローカートによる『なぜ誰も量子物理学を理解できないのか』は、この複雑な領域に挑んだ野心的な試みだ。300ページを超える本書は、16世紀の経験科学の基礎から現代の量子コンピューティングまでを網羅しようとする。
量子の迷宮
著者夫妻は、物理学教授と言語学者の組み合わせというユニークなチーム。彼らは「読者に新しい視点を提供したい」と意気込んでいた。確かに本書には、専門家ですら目を輝かせるような最先端のトピックが詰まっている。ハートリー・フォック法や繰り込み理論といった高度な概念が一般向け書籍に登場するのは驚きだ。
しかし、量子の海は深く、暗い。章ごとに区切られた短いセクションは、専門用語と皮肉な比喩で溢れ、読者を混乱の渦に巻き込む。歴史的な物理学者を「量子物理学の支配者」と称するような修辞も、科学の本質から目を逸らさせてしまう。
分断された読者層
最も残念なのは、「愛好家向け」と明記されたセクションの存在だ。量子物理学に興味を持ちながらも苦手意識を持つ読者を、あからさまに排除するような構成は、著者の当初の目的と矛盾している。量子ロジックを理解するために「直感をオフにせよ」というアドバイスは、むしろ量子の神秘性を増幅させるだけだ。
評者自身、物理学者としてのバックグラウンドを持ちながら、本書の一部は難解に感じた。一般読者にとってはなおさらだろう。量子物理学の「自閉症的な側面」といった不適切な表現も、科学コミュニケーションとしての質を問われる。
量子啓蒙の可能性と限界
本書が提示した課題は明らかだ──いかにして量子の世界を正しく、かつ魅力的に伝えるか。著者の意図は称賛に値するが、その実行には改善の余地が残る。量子物理学の大衆化という崇高な目標は、まだ達成されていない。
それでも、この不確かな世界を理解しようとする試み自体は、ネオ東京の摩天楼のように輝いている。次世代の科学コミュニケーターたちが、この未完の塔を完成させる日が来ることを願ってやまない。