過去と未来が交錯する官能的な時空の物語
ネオ東京の摩天楼がそびえ立つ近未来。政府の極秘プロジェクト「ミニストリー・オブ・タイム」が、歴史の闇から消えた男を現代に召喚した。1847年、北極探検隊で命を落としたはずの海軍士官グラハム・ゴアが、氷に閉ざされた船から忽然と姿を消し、21世紀のロンドンに降り立つ。
失われた時代からの使者
無名の女性公務員は、この「時間移民」の世話役に任命される。ヴィクトリア朝の軍人と現代女性の奇妙な同居生活が始まる。スマートフォンに怯え、スーパーマーケットの品揃えに目を丸くする士官。彼の純粋な驚きと適応力が、読者に新鮮な未来社会の鏡を突きつける。
歴史の断片が紡ぐ人間ドラマ
作者カリアン・ブラッドリーの真骨頂は、実在した無名の士官に命を吹き込んだ描写力だ。氷の海で死を覚悟した男が、突然未来に放り込まれる。その困惑と好奇心、そして底知れぬ孤独が、ページから溢れ出るように伝わってくる。
物語は次第に、管理された時間移動の陰に潜む政府の謀略へと傾いていく。純粋な異文化交流劇から、スリリングな陰謀劇へと変貌する過程で、2人の間に芽生える感情が静かに燃え上がる。
時空を超えた人間の本質を問う
この作品の真の魅力は、SF的設定よりも、時代を隔てた2人の心の交流にある。21世紀の便利さと空虚さ、19世紀の厳しさと純粋さが衝突し、融合する。読者は、技術文明の進歩が本当に人間を幸福にしたのか、根源的な問いを投げかけられる。
最終章には実在のゴア士官の写真が掲載されている。小説で親しんだ架空の人物と、歴史に埋もれた実在の人物が重なり、不思議な読後感を残す。時空を超えて蘇った無名の士官は、我々に何を語りかけているのか――その余韻が長く胸に響く傑作だ。